テクノってなんだ?

テクノってなんだ?

日本人にとってテクノという音楽は既に古いもののいう印象が強いかもしれません。特に日本ではYMOといったグループが人気になったりと、テクノは古くから親しまれてきて、今テクノというともはや懐かしさすら感じることもあるでしょう。特に日本においてのテクノとしては、1978年から1980年初期に、海外や国内のシンセサイザーを取り入れた音楽全般、特にニュー・ウェーヴとクラフトワークに象徴されるシンセ・ポップもしくはエレクトロ・ポップ、ヨーロッパの前衛音楽であったプログレッシブ・ロックの一部から現代音楽的な電子音楽そのもの、またはドイツやイタリアのユーロディスコといったようなディスコ音楽やハウス等、多岐にわたる音楽ジャンルを「テクノポップ」とまるっとまとめて語ってきたイメージがあります。

しかし、そんなテクノの厳密なジャンルとその発生についてはあまりよく知らないという人がほとんどでしょう。そこで、このページではそんな知っているけれど知らないテクノについて詳しく語っていきたいと思います。

テクノの発祥と歴史

テクノはそもそも、アメリカのミシガン州デトロイトを発祥としたエレクトロニック・ダンス・ミュージックです。

1980年初頭、アメリカのシカゴにおいて、その大半がゲイの黒人で占められるクラブでDJがダンスミュージックのさまざまな実験的DJプレイを行っていました。それがハウスミュージックであり、そのハウスミュージックの中でも様々な試みが行われていたのです。

その中で、それまでのダンスミュージックの歴史にはみられなかった画期的な出来事が起こっていったのです。それは音楽製作の素人であるDJや、作曲の知識がなく楽器の演奏もできないクラブ通いの少年たちが個人的に自主製作でレコードを作り始めたのでした。この音楽は当時DJプレイでも使われていたドラムマシンの単調な反復のビートの上に、彼らの好きなレコードからベースラインやメロディを持ってきて組み合わせるという非常に稚拙なつくりのものだったのですが、シカゴのDJたちはこぞってそれらのレコードを採用することになりました。

こうしたいわゆる「シカゴ・ハウス」や、そのサブジャンルであり偶然に生まれた「アシッド・ハウス」によるムーブメントが当時の地元シカゴでは隆盛を極めていたのです。

実際にテクノと呼ばれるまで

1980年代前半から中盤にシカゴに近接する都市で、同じく黒人音楽の伝統を持つデトロイトでもシカゴとデトロイトを行き来する人々によりこのシカゴ・ハウスが持ち込まれ、新しい音楽の運動が生まれてくることになります。この音楽成立に関わっていたメインアーティストは、同じ学校に通っていた音楽仲間のDJ集団であるホアン・アトキンス、デリック・メイ、ケヴィン・サンダーソンといった、いわゆる「ビルヴィレ・スリー」が有名です。

彼らの音楽はシカゴ・ハウスの影響をの中から、従来のハウス・ミュージックが持つ享楽性に対し厳しい現実を反映したシリアスな音楽を志向していき、音楽雑誌の取材時にはより政治的・思想的な側面を打ち出していくようになります。ホアン・アトキンスはすでにエレクトロのユニットの活躍で名声を得ていたこともあり、テクノの上においてもエレクトロの血が通った電子的な音のギミックやファンクのベースラインを、思想としてアフロ・フューチャリズムと呼ばれていた黒人特有の未来志向を強調していたのでした。

これに関して漸く名前が付いたのは1988年頃で、彼らが作っていたデトロイト発のレコードのヒットに目をつけたイギリスのヴァージン・レコードにより、その傘下から編集盤アルバムが発売されることとなって、広報のとしてイギリスの雑誌が特集記事を組み、その中で「あなた方の音楽をどう呼んだらいいのか」という質問に彼らが、「おれたちはテクノと呼んでいる!」と答えることになります。

こうして、アルバムがヒットしたこともあり、一般的に呼称されることになるテクノというジャンルが成立していったのでした。

現在のテクノ

そもそもテクノはシカゴ・ハウスの影響を通じて生まれてきたものなので、もともとハウス・ミュージックにはあまり存在していなかった電子音を押し出していたホアン・アトキンスの一連の作品以外では、基本的にはハウス・ミュージックの範疇から外れる作品ではありませんでした。しかし、それが明確に区別されるようになったのはまさにそのイギリスのレコード企業のマーケティングの力であり、なんとなく現在ではハウスとテクノを聞き比べたときにテクノの邦画より速くハードな曲調に聞こえるという違いしかありませんでした。

しかし、1990年、ヨーロッパでレイヴが続いていたころ、より刺激的な音を持つテクノとみなされたレコードが続けざまに発売されヨーロッパへ流れ込み大きな衝撃を持って迎えられたことによって、もはや、その曲の持つ雰囲気自体が、今一般にテクノと呼ばれていっています。

1992年、こうしたいわゆるヨーロッパのレイヴ後に登場しテクノの特性をさらに推し進めたものとしてハードミニマルがあり、そのメジャーなアーティストとしてはダニエル・ベルやジェフ・ミルズの名が挙げられます。

まとめ

さて、このページではテクノについて詳しく説明して参りました。日本では、クラフトワークやYMOが旋風を巻き起こし1978年代にテクノというものが電子音楽を指す言葉として定義されましたが、おおよそそれはYMOのTechnopolisから5年後にあたるもので、なんとなく古くさく感じるテクノというジャンルは実際問題、テクノポップという現在もある電子楽器音楽の大部分であるという乱暴な言い方も出来るのかもしれません。

特に日本ではこういった曲によってテクノというものがある種象徴的に取り扱われていくことになり、また最先端を行く音楽として、多くの人の耳に刻まれていくことになっていったのでした。

このように、電子音楽といってもテクノだけでなく、現在はトラップ、ハウスミュージック、ダブステップ、ドラムンベースなどと色々細分化され、その特徴毎にジャンル分けされていますが、それでは実際にどのようなアーティストが有名でオススメなのか知りたいという考えも、そろそろ頭の中で膨らんできたのでは無いでしょうか。そこで次のページからはそんなダブステップやエレクトロミュージックの世界で、僕自身が今注目しているアーティスト達について詳しく紹介していこうと思います。